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「隠岐諸島」旅 その3(島後) 玉若酢命神社の八百杉に圧倒され、屋那の船小屋に在りし日の漁村を想う

2016年GWの隠岐諸島旅の第三回です。予定していた船の乗り遅れからなんとか2時間半遅れで島後に到着。


島のレンタカーは駐車場に始まり、駐車場に終わる

港のターミナルに入ってすぐに、島のドライブマップや食事処を書いた地図がありました。こういうのがちゃんと置かれているのはありがたい。

ターミナルを出ると、道路は大きいし建物も多く、ちょっとした都会。背後が港でなければ島に来たという印象は薄かったでしょう。

レンタカーを予約していたのでお店の場所を探して近隣をウロウロするも見つからず。途方に暮れていると携帯電話が鳴ります。

「ターミナルの前の駐車場にいますので!」とのことで、頭がやや「?」となりつつ行ってみると、レンタカー屋のスタッフがいました。

営業所は離れたところにあるそうで、この駐車場まで車を持ってきてくれて、ここで免許証の確認と署名、注意事項の説明を受けて即借りられる仕組み。返す時もこの駐車場に乗り捨てでOKだそうです。時間の限られる島旅でこれはありがたい。


玉若酢命神社

「時間がない、とりあえず走り出そう」とレンタカーに乗り込んでまず向かったのは、港からほど近い「玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)」。

目の前に立つと、まず目を引くのが随神門の横にそびえる国の天然記念物、八百杉(やおすぎ)。八百比丘尼が参拝の記念に植えたと言われ、800年後の再訪を約束したことから八百杉と呼ばれるようになったとか。実際には樹齢1000〜2000年と言われています。巨大すぎて幹を何本もの丸太で支えているのが、杉の巨大さをより強調しています。

近寄って見たいところですが、八百杉の枝が落ちてくる危険性があるため、門を含めた周りは立ち入り禁止になっていました。残念。

重要文化財である随神門の脇を通って境内に入ると、立派な拝殿。大きな注連縄が掛けられています。奥の本殿は「隠岐造」と呼ばれる建築形式で、こちらも国の重要文化財。風格があります。背後の森と相まって風格を感じさせます。無事に島後にたどり着けたこと、旅の完遂を願って手を合わせます。

玉若酢命神社の詳細な創建の時期は不明で、また古事記・日本書紀にも「玉若酢命」という神様の名前は見られないなど、相当古い歴史を持ちながら謎の多い神社ですが、隠岐の開拓に携わったのが玉若酢命だとされています。


屋那の松原の舟小屋群

玉若酢命神社から南西方面へ、山あいを抜ける道を走ると、やがて都万(つま)地区に出ます。ここにぜひ見ておきたいものがあります。

屋那の海岸前に車を止めて歩くと、入り江に船小屋が並んだ光景が広がります。風雨と波に耐えてきた木造平屋の船小屋は、昭和初期から建て始められ、今もその姿を残しているのでした。

かつての姿のままとはいかないでしょうが、在りし日の漁村を思い起こさせる景色は、水産庁が定める「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれているそうです。

切妻屋根は杉皮で葺かれ、石が載せられているのが分かります。

後で調べたところによると、かつては別の場所にあったものが多いそうですが、この風景を残すためにここに移築したのだとか。

近くで船を修繕している人がいたので声をかけてみると、

「修理しながら使っているので、昔の面影は残っているよ。20棟全部じゃないけど、今も使っているもののほうが多いね」とのこと。ただ、船を入れておくよりも、漁具などの道具置き場としての役割が強いとか。

船小屋のそばには、釜屋神社。目の前の海岸に出てみると、なぜかサザエの貝殻だらけでした。無造作に捨て置くほど、かつては採れたということでしょうか。

都万湾は穏やかな良港で、海面にはさざ波が広がるだけ。時折船を修繕する音が聞こえてくるだけの入り江に立つと、かつて隠岐の島々で普通に見られた光景が未だに残っていることにありがたい気持ちが湧いてくるのでした。(続きます)

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