ISLAND TRIP(アイランドトリップ)

福岡の猫島「相島」旅 その5 壮大な石塚が広がる「相島積石塚群」

関東は台風一過のはずですが、相変わらずにわか雨が多い安定しない天気ですね。どうも、いづやん(@izuyan)です。

福岡の猫の島、相島旅の第五回をお送りします。ネコ遭遇率が大分上がってきましたが、今回は相島のもうひとつの名所(?)を歩きます。


だだっ広い校庭

島の東側の集落を港に沿って北に歩きます。しばらくすると相島小学校の校舎が見えてきます。その前にはもちろん校庭が広がっていました。

それにしても、やけに広いというか、だだっ広い。先生が集会で乗る台がポツンと置いてあって余計に広さを感じさせます。

小さな島にあるにしては立派な校舎。現在通う子どもは10人にも満たないそうです。かつてはこの校舎もたくさんの子どもがいたこともあると思うと少し寂しさを覚えます。どの島の学校を見ても最近よく感じることです。


思った以上のスケール、相島積石塚群

小学校を過ぎ、島の東側に向かう道を行きます。途中に「相島積石塚群」の看板が現れ、脇の砂利道へ。

低木に囲まれた間を綺麗に縫って進む道の先には、海を望む石の原が広がっていました。

「え、ちょっと想像してた規模と違う...」

小径の入り口にあった看板を確認しても、海岸に点々と古墳があるだけと思っていました。しかし目の前に現れたのは広大な石の原です。

ところどころに頭を赤く塗った木の杭が刺さっているのが見えますが、これが古墳の場所でしょう。

昔は、元寇の時の防塁であったりその戦の死者を祀った墓地と伝えられてきたそうですが、平成4年の学術調査の結果、4〜7世紀に作られた古墳群と分かったそうです。

方墳、円墳が半々を占めているそうで、竪穴、横穴といろいろな形式のものが見られるとか。

立派な方墳も目につきます。

延々と広がる石の原には、石で仕切られた見学のための道がありました。

杭がいたるところに立っていますが、なければそれが古墳であるとは全くわからないでしょう。そう言った小さいものが多数、入り口がしっかりある大きなものがいくつかありました。

現在までの調査では、254基の古墳が確認されているそうです。そしてその貴重さから、平成13年には「国指定史跡」となっています。


しっかりとした円墳まで残っている

海に向かって左手に続いていた道も、しばらくすると終わりです。

その終点には、石を積んで作られた積石塚群では一番大きな円墳があります。入り口もしっかり残っていますね。

発見された時はすでに盗掘されていたそうですが、発掘調査の結果、土器や鏃(やじり)が数点見つかったそうです。

見つかった土器から朝鮮半島との繋がりも示唆されており、ここが大陸との中継地であったことも伺えるでしょう。

相変わらず前情報なしに島に渡るということをしているため、こんな積石塚群があるとは知りませんでしたし、大きな驚きでした。今回の残念なことといえば、積石塚群の存在を知らなかったため、広角レンズを持ってこなかったことですね。非常に悔やまれます。

それにしても、この石自体は、もともとこの海岸にあったものだったのでしょうか。それとも、塚を築くのに山の方から持ってきたのでしょうか。1400年前のことを色々想像するのは、目の前の景色をより深めることであり、楽しい時間です。

鄙びた小さな島にもやはり歴史あり、ということを感じる場所でした。 (続きます)

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